【エクボの独り言 (終わりに)】
皆様、エクボの独り言はこれで終ります。次回から別の話題でスタートします。
【会社の意義 ⇒ 人々の願いの代行】
企業の存在意義ってなんだろう。私は、会社の設立前からひとつの考えがあった。
企業は、法人は「ひとりではできないことをみんなの力を借りて行うための巨人」なのだ・・・と。
私は、個々の人間は、大きな「人」という統合された仮想の「巨人」のおのおの一部の細胞だと
思っている。
その個々の細胞が、ある目的を共有する理念のもとに集り、役割分担をし、同じベクトルで行動を
開始する。これが「法人」だと理解している。では、会社=法人の存在意義とは何だろう。
それは、「存在させねばならない理由」がそこにあること・・・であろう。
私は、会社を経営するにあたり、たくさんの人に「迷惑」をかけてきた。
時には、とても個人では言えないような傲慢な言葉も使った。
普通では、恥ずかしくて言えないようなことも、平気で言ってのけた。
通常でとても選択できないような、選択を選択した。そして、決断を実行し、さらに大きな課題を、
乗り越えて、また乗り越えて・・・。そこまでして、どうして会社を運営する「必要」があるのか・・・。
それは、どうしても会社を運営し存続させるべき「意義」を預かっているからである。
「社長」である私個人の願望や、私利私欲で存続を希望するのなら・・・まさにあっという間に
消え去ってしまうだろう。
しかし、「エクボ」という企業の理念や目的や目標に賛同し、支援し、期待し、
待っていてくれる人々・・・。その彼らの思いがあるかぎり、私達は立ち止まることは考えないだろう。
エクボの理念や目標は、あくまで「会社運営」の中で決定し、選択した内容である。
しかし、会社を設立したそもそものきっかけとは、「個人では出来ないことをやる」手段が、
会社設立だったに過ぎないのだ。
私達は、企業の内側の人間である。しかし、その外側の人々の想いを受けて会社の存在は
成り立っている。
企業とは、世の人々の願いをかなえる団体。言い換えるなら、会社の存在する意義とは、
人々の願いの代行に他ならない。
20世紀の企業を振り返り、本当に人々に望まれて存続していた企業が、いったい何社あるだろう。
万民に望まれる企業は難しい。しかし、存在を願ってくれる人がいる限り、私達は彼らの願いを
一つでも叶える代行者として、前進する努力を続ける意味はあると思っている。
清水美裕