【エクボの独り言 第3回】 全12回連続で「エクボ」の中のことをお話してまいりましょう。
【発想の転換=能力】
仕事ができる、勉強ができる・・・優秀、おちこぼれ・・・学生時代や社会人になっても「現在」では
様々な「競争」が存在している。
競争がすべて悪いわけではない。しかし、行き過ぎた競争はやはり良くない。
わたし自身、けっして優秀な学生ではなかった。しかし、非常に凝り性ではあった。子供の頃から
何かに熱中すると「文字通り」寝食を忘れた。
最近の児童の傾向は「むしろ」何かに没頭することが出来ない子供が増えているとう。
・・・個人的には、とても悲しいことだと思っている。 いま生きている世界に「夢中」になれる魅力が
無くなったら・・・こんな寂しいことはない。 もちろん、ほとんどの子供たちは、私の小さいときと
同じように、アニメやゲームやその他、たくさんの楽しいことに夢中になっている筈である。
しかし、こども以上に、大人が夢中になれる「夢」が以前ほどなくなってきたことの方が問題である。
・・・その理由のひとつは、「競争」社会での生存競争であろうと思っている。
他者と競争して生存レースに勝ち残らないと、認めてもらえない。そのレースを放棄すれば、
社会の不適合者として世間からは冷たい扱いを受ける。・・・自由に自分を表現することを
比較的認めて貰えるのは、「芸術家」や「小説家」などの世界であるが、時には「かわりもの」の
レッテルを貼られたりする。・・・はてさて、難しいものだ。
私は、チームを預かるものとして、いつも各人の能力を考えている。これが意外と難しい。
・・・だれでも才能があり、能力は平等だといいながら、実際の企業経営では時間と予算との
にらみ合いである。
効率と効果を最大限にしなければならない。その中で余裕をもって「部下」を育てていくには
「それなり」の資金力と時間に余裕がある企業でないと難しいのもまた、事実なのだ。
だから、私がとった方法は、時限的な半強制の期間とその後の適用という、ごく当たり前の
「試行」期間の実行である。
使えるか使えないか・・・ではなく、複数の仕事を継続的にさせてみて,その中から最適な「能力」を
判別するという方法である。 これがけっこううまくいっている。最初は泣き言を言うが、最後は明るい
顔になる。
結局、「能力」とは、最初から得意なこと・・・をするのではなく、自分が「続けたことで出てくる力」
なのではないかと私は思っている。 どんな力が出てくるか・・・実は本人も知らないことが多い。
だから、最初から食わず嫌いで「やらない!」のではなく、とにかく「与えられたこと」を
「やってみる」ことを私は勧める。・・・自分の別の一面を発見する日が意外に近いかもしれない
からだ。 「能力」はお金に勝る宝である。その宝を掘り出すのはほかでもない自分自身である。
宝は何が埋まっているかわからないから・・・「宝」なのである。
清水美裕